普通じゃなくていいんじゃない?

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zoom RSS 「アダルト・チルドレンの子どもたち」を読んで 〜家族史分析から見る私のAC〜

<<   作成日時 : 2014/02/20 22:38   >>

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「アダルト・チルドレンの子どもたち」のレビューを書いて、改めてACとしての自分を見つめ直してみたいと思いました。
自分のことなので難しいかもしれませんが、できるだけ客観的・分析的に考察します。

<父の家族史>
僕の父は秋田県で3人兄弟の長男として生まれました。

父方の祖父は全国を走り回る仕事をしていたのでほとんど家にいなかったそうです。
アルコール依存かどうかは分かりませんが、大酒飲みだったというエピソードは聞きます。

父方の祖母は保険の営業などの仕事をしていました。
家にいない祖父の分までキチンと子育てをしなければいけないというプレッシャーは相当なものだったのではないかと推測されます。

そのせいでしょうか、しつけはかなり厳格だったそうです。
だから父は「早く独り立ちしたかった」と語っており、高校卒業後、東京で働き始めます。


<母の家族史>
僕の母は東京で2人姉弟の長女として生まれました。

母方の祖父は物静かで真面目な人物で、自動車の修理工として休みなく働いていたそうです。
もしかしたら、ワーカホリック(仕事依存)だったのかもしれません。

母方の祖母は、母によると「弟の面倒ばかり見て私のことを気にかけてくれなかった」。
それがさみしい思い出として母の胸に残っているそうです。

母も高校卒業後、東京で働き始めます。


<わが家の家族史>
父と母は同じ飲食店で働いているときに出会い、結婚。
22、3歳の時で、ほどなくして僕が生まれます。
3年後には妹が生まれました。
たまに夫婦喧嘩はありましたが、当時は僕の目から見ると健全な家族に映っていました。

転機が訪れたのは、僕が小学校6年生から中学校1年生に上がる時。
父の希望により、家族で秋田に引っ越すことになりました。

理由は未だによく分かりません。
引越しの2、3年前に父の末弟が自殺をし、祖父母が気がかりになったためだと解釈していますが、父の口から直接理由を聞いたことはありません。

秋田に引っ越してすぐに2人目の妹が生まれました。

秋田で暮らし始めてから1年ほど経った頃でしょうか、父が家にいる時間が多くなりました。
非常に疲れた様子で、一日中家で横になっています。
「何か大変なことが起きている」ような気はしていましたが、僕自身、部活や高校受験の忙しさにかまけて、詳しい事情は聞きませんでした。
この頃から、父と母が口論する場面が多くなっていったように思います。

高校2年生の時、父の口から告白がありました。

「俺は躁うつ病で、うちは生活保護を受けている」

なんとなく察しは付いていたので、あまり衝撃は受けませんでした。
それから父は仕事を転々とし、時にハイテンションになりながら、母と喧嘩しながら、僕は妹の面倒を見ながら、それぞれの生活は回っていきました。

そして僕は東京の大学に進学し、実家は「生活の場」から「たまに帰る場」へと変わりました。


<父と母の性格>
父は真面目で責任感の強い人物です。
特に秋田に引っ越してすぐはそれが顕著で、家族を秋田に無理やり連れてきた負い目を感じ、「たくさんお金を稼いで家族を幸せにする」との決意の元、必死に仕事に打ち込んでいました。
ところがその性格が災いしてか、働き過ぎで躁うつ病になってしまいました。

また、白黒はっきりさせたい完璧主義の側面もあります。
だから家族旅行や日常のちょっとした場面でも、時間通り予定通りに進まないと、しばしば機嫌を損ねてしまいます。

そして、自分の気持ちを話すのが苦手な人です。
だから僕は父が本当のところ何を考えているのか、よくわかりません。
機嫌を損ねる理由も分からず、うやむやになることが多いです。

「厳格な家庭で育ち」「自分の気持ちを表現できない」という特徴を見ると、父もACなのではないかという気がします。


母はいつも一生懸命な人です。
家計が苦しいということでずっと仕事はしているし、秋田での生活はあまり好きではなかったようですが、順応するために頑張っていました。
一方で3人の子育てとうつ病の父を抱えているということで、かなりキャパシティオーバーな時期もあったのではないでしょうか。

しばしば、2人の間では「離婚」という単語が聞かれました。
僕も内心、「別れてしまえばいいのに」と思っていました。

でも、母は別れなかった。

配偶者の長期的な精神疾患は強制的な離婚が認められる事由に該当するので、母がやろうと思えばそれは容易かったでしょう。

「別れない理由」は、僕にはよく分かりません。
夫婦の間には子供にも推し量れない何かがあるのでしょうか?


父と母の性格はそれぞれ厳格とおおらかで正反対でした。
そんな二人にも不思議といくつかの共通点を見出すことができます。

・自分の生活を恥じている
→貧乏だということが特に嫌だったみたいです。
「子供には貧しい思いはさせたくない」という二人の願望を感じていました。
僕はちっとも嫌ではなかったのですが…(両親の努力のおかげですね)

・自分が育った環境とは違う家庭を作りたい。
→二人とも自分が育った家庭には不満を抱えていたようです。

・大学コンプレックス
→2人からは「大学に行っておけばよかったなぁ」と後悔している様子がしばしば伺えました。
2人とも中学までは優等生で高校に入ってからつまずいたそうです。
「勉強しろ」とはあまり言われませんでしたが、子供たちの大学進学をとても喜んでいました。


<学校生活>
家庭の話からは逸れますが、僕がACになった理由を考える上では欠かせない要素です。
詳細は「中学時代」「高校時代」に譲りますが、学校ではいつも孤立していました。
友達は少しいましたが、「腹を割って話せる」という感じではなく、学校はいつも居心地の悪い場所としてイメージが根付いています。
クラスに溶け込んでいる「普通」の同級生たちがうらやましかった。


<なぜACになったのか>
僕の周りには「普通」でないことがあふれていました。
精神病の父、時に依存的とさえ思えるほど献身的な母、貧しい家計、学校で孤立する僕…。
中高生の頃はいつも自分に自信がなく、みじめな気持ちで過ごしていました。

「こんな状況を打破したい!」と思い、僕が考えた作戦は「普通」の人間を目指すことでした。
そうすれば、きっと社会に「普通」に溶け込んで幸せになれる…。

良い大学に入り、良い会社に就職し、結婚して子供を作り、家と車を買い、定年まで勤め上げ、悠々自適な老後を送る。
他人には愛想よく、変な目で見られるような言動はしない。

だから僕は、大人の目からは「真面目に勉強する大人しい子」に見えていたと思います。

他人の話は聞き役に回り、愛想笑いを絶やさない。
腹に何かあっても、常に無難な返答をする。
激しい感情は決して表に出さない。

そういう生活を続けるうちに僕は自分の気持ちが分からなくなっていました。
だから、「あなたはどうしたいの?」と聞かれても困るばかり…。

立派なACの誕生です!

大学は無難にやり過ごし、当たり障りのない友達が数人。
仕事は安定している公務員を選びました。
「普通」を目指す旅路は成功したかに思えました。

ところが、仕事が全然できませんでした!
原因は様々ですが、浅い人間関係しか築いてこなかった故のコミュニケーション能力の低さもその一つです。
そしてひどく落ち込み、仕事を辞めました…。


<ACからの回復>
仕事を辞めた時の僕は、「普通」という仮面を付ける元気もなくなっていたので、心の奥底と直に向き合わねばなりませんでした。
すると、パンドラの箱よろしくたくさんの問題が飛び出してきました。

上司に言われた言葉、今後の生活、学生時代のトラウマ、自分と社会の価値観のズレetc。

未解決のまま蓋をした問題は、目をそむけていても解決するものではなく、人生のふとした場面で再び浮き上がってくるんですね!
腹の中がどうしようもないドロドロでいっぱいだった僕は、これを吐き出さねば生きていけない気がしていました。

さりとて「普通」という価値観で凝り固まっていたので、人目を気にして誰にもに打ち明けられず…。
じゃあどうしようか、ということで始めたのがこのブログです。
タイトルの「普通じゃなくていいんじゃない?」というのは、胸の中に巣くう「普通」という鎖を引きちぎりたいと願い名付けました。

それから一年弱…。

恥ずかしいこと、失敗したこと、トラウマになっていること。

そういうことをクリアな目で見て、意識的に晒していきました。
おかげで胸の中で淀んでいたものはすっと小さくなり、自分の素直な気持ちもしっかりと感じられるようになりました。
それどころか「普通じゃない」自分がこれから何をしだすのか、ワクワクするような気持ちさえします。

今にして思えば、これはまさにACからの回復手続きそのものでした。


<今後の課題>
僕のACは1年前に比べるとずいぶん良くなりました。

それでもまだ人に自分の気持ちを伝えるのは苦手です。
そのせいか、人と深く親密な関係を築けていないと感じる場面が多々あります。
だから、意識的に気持ちを表現する訓練は今後も続けていく必要があるでしょう。

次に両親へ。

まずは、苦しい家庭事情の中、特に不自由を感じさせず育ててくれてありがとうございました!
あなた方から受け継いだ豊かな知性と才能、それは僕の内側で小さいながらも確かに光り輝いています。

さて、僕は今までずっとお父さんがうつ病でも、家が貧乏でも全く影響はないと言い続けてきました。
でも、本当はたくさんの影響があった。
それを今さらいいとか悪いとか言いません。
だけど、この際ごまかさずに伝えたい。

わが家は非常に風通しが悪いです。
とても自分や家族の問題を率直に話せる空気ではありません。
それはうすら寒い関係を続ける夫婦のせいか、父親の顔色ばかり伺う家族全体のせいか、原因はよく分かりません。

僕はその空気が大嫌いです。
ずっと、なんだか問題を起こしちゃいけない気がしていました。

幸い僕はもう家を出ました。
でも、まだ家にはこれから思春期を迎える妹がいます。

お父さん、お母さんが一生懸命生きていることはよおぉぉく分かります。
だけど、どうか妹のため、家族みんなのために、「家族ごっこ」の一歩向こう側へ踏み出してみませんか?

今さら仲良しこよし、健全で「普通」の家族になろうとは言いません。
でも、家庭は心の内を率直に伝え合える場であって欲しい。

差し出がましい要求をしてゴメンなさい。
だけど問題は目をそらすより、しかと見つめた方がいい。

家族全員に深く感謝すると共に、みんなで安らぎと幸せを感じられる日が来ることを遠く北の地から祈っています。


<最後に>
「アダルト・チルドレンの子どもたち」を読んだとき、次世代ACや家庭を持ったACの考え方がかつての自分と酷似していることにハッとさせられました。

・ACである彼らの親は、機能不全家庭で生活したことで悪影響があったことを認めない。
・表面的な人間関係作りが得意―親密さに苦労する
・秘密主義の傾向が強い  etc

もし僕が公務員として無難に仕事をこなし家族を作っていたら、形式的理想の家庭を目指して空回りし、自分と同じような悩みを抱える次世代ACを生産していたと思います。
その危険を事前に察知し、自分自身のACと真剣に向き合うことができたと考えれば、公務員の仕事がうまくいかなかった事実にさえ、感謝の念が湧いてきます。

自分の気持ちがよく分からなくなってしまったACの方に、どうか一歩踏み出す勇気を!
その先にあるのは、あなたが考えるような恐ろしい世界ではなく、みずみずしい新鮮さを持った豊かな世界です。
たとえ周りの人間がどう思おうと、私は勇気を出したあなたの味方であり続けます。

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