普通じゃなくていいんじゃない?

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zoom RSS 夏の幻

<<   作成日時 : 2016/03/23 09:21   >>

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  チリンチリーン。

 気が付くと俺は、神社の入り口に立っていた。今は夏祭りの真っ最中で、本堂へ向かう一本道の脇には、所狭しと露店が並んでいた。

「ねぇ、このお店、いっぱい風鈴売ってるよ。あ、これかわいい!」

 そう言って、隣で目を輝かせている浴衣姿の女の子は…、結衣ちゃん! 俺は心臓の鼓動が一気に高鳴るのを感じた。
 結衣ちゃんはクラスメートの女の子で、図書委員をしている。普段はおとなしくて真面目な子だが、俺と話すときは口数が多くなって、よく笑う。今日は長い髪を結って、かんざしをしていた。浴衣は白地に紫の花が描かれていて、彼女に良く似合う。俺は返事を返すのも忘れ、彼女に見とれていた。

「ねえ、瑛太君、聞いてる?」
「あ、ごめん、何だっけ?」
「もう! ほら、この風鈴かわいいでしょ?」

 彼女が、ガラスに鮮やかなひまわりが描かれた風鈴を目の前に掲げた。俺は正直よく分からなかったが、「いいね」と相槌を打った。その時、露店のおじさんに、

「二人は高校生? お似合いだねぇ!」

と声を掛けられ、恥ずかしくなった。それは彼女も同じだったようで、「あっちに金魚すくいがあるよ。行こう!」と言って、すぐにその場を離れた。
 それから俺たちは色んな店を回った。金魚すくい、綿菓子、リンゴ飴、射的…。いつになくはしゃぐ結衣ちゃんは、笑ったり、膨れたり、コロコロとよく表情を変えた。その姿を見ていた俺も釣られて楽しくなった。
 いつの間にか二人は、露店があるエリアを抜けて、本堂の前に来ていた。そこは遠くから微かに縁日の明かりが届くだけで薄暗く、人の気配がなかった。

「ねぇ、瑛太君は高校卒業したらどうするの?」
「俺は、東京の大学に行こうかなって思ってる。」
「瑛太君は頭いいもんね!」
「いや、正直勉強なんかしたくないんだ。でも、親がどうしても大学に行けって、うるさいから。」
「私も瑛太君は大学に行った方がいいと思うな。その方が色んな可能性が増えるでしょ?」
「そうかなぁ?」
「そうだよ! 私、瑛太君が羨ましいもん。私なんてバカだから、高校出たら就職しかないんだよ。で、そのうち結婚して子供ができて、たぶんこの町からずっと一生出られないの。」
「そんなことないよ! 結衣ちゃんも東京に出たらいいじゃない。」
「ダメだよ、私は…。両親のこと、知ってるでしょ?」
「あ、そうだったね。ごめん…。」
「ううん。だけど、何だか新しい世界に飛び出すのは怖い気もするの。それよりも住み慣れた場所で穏やかに暮らした方がいいんじゃないかって。退屈だけど、優しい一生。そんなのも悪くないでしょ?」
「俺も東京に行くのは、ワクワクするけど、ちょっと怖い。それよりなら、ここで結衣ちゃんと一緒にいたいよ。」
「私も。本当はそう…。」

 ジッと俺を見つめる結衣ちゃんと目が合った。俺は、自然と彼女の方へ一歩踏み出し、肩を抱き寄せた。その時、ゴトッと音がして、足元で何か倒れたようだが、俺はさして気にしなかった。
 結衣ちゃんが目を閉じて顔を近づけてきた。呼吸のリズムに合わせて、少しはだけた胸元が揺れている。理性を溶かす女の子の甘い香りが、思考をシャットダウンさせた。俺も目を閉じて、彼女に顔を近づけた。

  チリンチリーン。

 突然、耳元で音がした。見ると結衣ちゃんが手にひまわり柄の風鈴を持っていた。

「これ、さっきのお店で買ったの。いいでしょ?」
「いつの間に…。っていうかこのタイミングでそれ出す?」
「だって、もっと見て欲しくて。」

  チリンチリーン。チリンチリーン!

彼女は笑顔を浮かべたまま、風鈴を鳴らし続けている。

「結衣ちゃん、風鈴はもう分かったよ…。」

  チリンチリンチリンチリンチリーン!

 目を開けるとそこには見慣れた数学の参考書が開かれていた。身体を起こすと、俺は自分の部屋で椅子に座っていた。どうやら勉強中に眠ってしまったらしい。

  ブーンブーン。チリンチリーン!

 足元では倒れた扇風機が窓際の風鈴に向けて「強風」を送り続けていた。あー、だから風鈴ね。俺は小さくため息をついた。まさか結衣ちゃんとお祭りなんか、行けるわけないか…。

  ドン、ドンドン!

 窓の外で何かが弾けるような音がした。お祭りを知らせる号砲だ。そう言えば、今日は近所の神社で縁日があったなぁ。
 俺は机の上の参考書を見た。まだまだ今日の課題は終わりそうもない。浴衣、デート、受験、将来…。俺にとって大事なものっていったい何だろう。一瞬考えた末、俺は参考書を閉じて、ベッドに叩きつけた。

  チリンチリーン。

 風鈴が美しい音色を奏でた。窓を吹き抜ける夏の風に乗って、この思いも届けばいいのに。俺は携帯電話を手に取り、結衣ちゃんに短いメッセージを送った。

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