ダイブ60

五十九からの続き


   六十

十二月三十一日
 淡々と作業を進めて行こう。苦しいのは嫌だから、薬を飲んで眠るように死にたい。ネット通販で自殺に使える抗不安薬を十二箱購入しておいた。一箱二十五錠入りだから、全部で三百錠。テーブルの上に出してみると山のようになっていて圧倒される。カプセルから粉末を出して皿に移す。一時間くらいですべてのカプセルを開けることができた。想像以上に少なくなって、こんなもので人間は死ねるのかと目からウロコの思いだ。ほんの少し舐めてみると苦い。上からヨーグルトと砂糖を加え、味を調える。後は食べるだけだ。
 ただ食べ続けるのは味気がないので、『ATOM』のライブ動画を見ながらスプーンを口に運ぶ。嫌世的なロックが耳に心地いい。そして、妙な味のヨーグルトを日本酒で流し込む。中枢神経系に働く薬はアルコールと併用すると効果が上がるらしい。
 だんだんと頭がクラクラしてきた。温かい気だるさが全身を包む。もうすべてが終わり。すべてど

 そこで高野は意識を失った。
 高野はヘドロの海へと深く深く潜っていった。地上の光が届かないこの場所で数多の魂が輪廻の世界へと飛び込んだ。彼もまたそうした魂たちの一つになろうとしていた。底の方から、時折小さな気泡が浮かび上がってきた。それは深い絶望ゆえにこの世を捨てた先駆者たちのため息ではなかろうか。高野は力を抜いて沈むに身を任せた。
 すると眼前に今まで出会った人たちが次々と現れた。父さん、母さん、祖父、祖母。小学校、中学校、高校、大学時代の友達、先生。バイト先の同僚、店長。そのほとんどは一瞬現れては消えるばかりだったが、そのうち幾人かは、父さん、母さん、孝ちゃん、翔さん…、高野に手を差し伸べて水面へと引き上げようとしているようだった。しかし、高野は彼らの手を拒んだ。あんたたちに未練はない。だが、最後まで高野の前に千佳子は現れなかった。
 ヘドロの海は徐々に暗さと重さを増していく。走馬灯のような邂逅を終えると、今度は海の底から無数の黒い手が伸びてきて高野の四肢を掴んだ。突然のことに高野は戸惑った。身体をよじらせてその手を振りほどこうとしたが、力が強く剥がせない。高野は速度を上げて沈み込んでいった。底の方に目を向けると真っ暗な闇が広がっていた。そいつに飲み込まれたら、もう二度と戻れない。高野の身体は恐怖で強張った。しかしなぜかその闇から目を背けてはいけない気がして、高野は海の底をジッと見続けた。すると一瞬、小さな光がチカッときらめいた。再度注意しているともう一度光った。今度は気のせいじゃない。
  (俺やっぱり死にたくない!)
高野は渾身の力を込めて黒い手を振りほどき、光に向けて手を伸ばした。


―――

続き

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