ダイブ61

六十からの続き


   六十一

一月二日
 どうやらオレは死に損ねたようだ。昼過ぎに目を覚ます。一日半くらいずっと眠っていたようだが、少し頭が痛いくらいで体の具合は別に悪くない。
 寝ている間に不思議な夢?を見た。真っ黒な海の底に沈んでいく夢。これが臨死体験というやつだろうか。あのままどこまでも沈んでいたら、オレはちゃんと死ねたのだろうか。海の底で見た光は一体何だったんだろう?
 オレは自分で死ぬことすらできなかった。勇気がなかった。本当はもっとたくさんの薬を飲むべきだった。参考にした本には六百錠と書かれていたが、オレはその半分しか飲まなかった。怖かった。死にたい気持ちは嘘じゃなかったが、それと同じくらい死にたくなかった。こんなさえない人生にすらも、オレは何かを期待しているのだろうか? いったい何を? 生きる意味なんかとっくに失われてしまったのに。あれっ、生きる意味ってなんだろう? 何一つまともにできやしない自分がこれからも生き続けることに何の意味があるんだろう?

一月三日
 自分の以外の人間は、いったい何のために生きているんだろう? お金、家族、仕事、夢。なんとなくいくつか考えられるけど、どれも自分にとってあまり価値がないように思う。たくさんお金を稼いでも、別にそこまで欲しいものがあるわけじゃない。家族は少し興味があるけど、今の自分にはとても想像できない。仕事は、今ニートだし。公務員は夢ってほど本気でやりたいわけじゃないし。
 オレは、千佳子のために生きたいと思った。彼女の喜ぶ顔を誰よりも身近で見ていたかった。そのために一緒に暮らせるように。彼女のことをもっとたくさん知りたかった。君にとってオレはどんな存在だったんだろう。ただの暇つぶし? 君の目には俺と一緒になる未来は見えていなかったのかな?
 愛しい。細胞の一つひとつにまで君の記憶がしみ込んで、時々、風に吹かれる麦畑のようにそれらすべてが反応して、鮮やかなイメージがよみがえる。今だって目を閉じれば、君の大きな瞳や柔らかな唇、優しい声、美しい身体。そのすべてを思い出すことができる。そして気が付けば空を抱きしめ、泣いている。ああ、女々しいったらない!
 そういうオレのすべてを懸けていたものが突然失われた。であれば何を頼りに生きるべきだろう? 生きていたってあの海の底と同じ真っ暗闇の中だ。伸ばした手は何も掴むものがない。そういえば、千佳子に会う前のオレは何のために生きていたんだろう? どう頑張っても思い出せないや。

一月五日
 すべてのことには終わりがある。生まれて、流れて、消えていく。その流れの中で何もせずにいると、下へ下へまわりながら落ちていく。その場所に留まるのは大変なエネルギーのいることであり、実は不可能であること。しかし、もう少し高いところから見ると、登るのも、留まるのも、落ちるのも大差のないこと。差をつけるのは自分の、ひいては周りの人間であること。生きる意味なんかなくていいじゃないか!

一月六日
 翔さんからメールが来ていた。久しぶりで懐かしく思ったけど、なんとなく返事を返すのが億劫で放置してたら、今度は電話が来た。しぶしぶ取ったら、「会えないか?」と聞かれた。「体調が悪くて無理だ」と答えたら、「じゃあ、家に行く」と言われた。「部屋が汚いから」と断ろうとしたんだけど、「うるせー」と言って押し切られてしまった。相変わらず強引な人だ。


―――

続き

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