ダイブ70

六十九からの続き


   七十

二月十七日
 父さんと母さんにちゃんと謝ることができてよかった。もっと怒られたりすると思ったけど、意外に二人ともやさしかった。孝ちゃんのときもだけど、心を開いて話しすれば、みんな案外ちゃんと聞いてくれるんだな。逆にこっちが相手と接するのを「恐い」と思ってたら、相手の態度も固まってしまう。「人間関係は心を映す鏡だ」なんて言うけど、まさにその通りだ。自分が腹に悪意を抱えていたら、他人だって同じように悪意を抱えているって思うだろう。じゃあ、自分が善意を持っていたら…? 他人がもう少し優しく見えるかもしれない。
 今回色々話はしたが、父さん、母さんとはこれからも長い付き合いになる。わだかまりはまだ完全には解けないけど、心を開いて接していけば、自然といい関係が築けるような気がする。

二月十八日
 無性に曲が作りたくなって、ずっとギターをいじってた。この半年くらいで感じたことを形にしたい。それは、生とか死とか愛とか、目には見えないけど大事なものだ。この世界には、昨年末の俺がそうであったように、今この瞬間にも死にたいくらい悩んでる人が大勢いる。そんな人たちを少しでも勇気付けられるような希望の歌を。俺が見たものだって完全じゃない。いつも揺らいでいるし、不確かだ。でもそれは確実に。誰の心にもあって、僕らを走らせている。
 この世界はどこに行っても矛盾だらけだ。生まれた場所の違いで、片や飽食。過剰なモノに囲まれた人間たちが欲望で醜く肥え太っている。片や貧困。今日食べる食料に困った両親が幼い子供をはした金で売り渡す。今俺が着ている安物の服は、どこかの国の名も知らぬ労働者たちが搾取されて作られる。アメリカの貧乏学生は奨学金を餌に入隊し、気付けば殺人マシーンに洗脳されてる。日本の女子大生は学費を稼ぎに風俗で裸をさらし、そこらへんの派遣社員はやっすい賃金でこき使われて、要らなくなれば「はい、サヨウナラ」だ。たまに過労死のニュースでも流れれば、「あ、またか」で終わり。記憶にも残らない。感覚が致命的に麻痺している。情報化された人々からは生のリアリティが抜け落ち、おかげで心を痛めずにこの狂った世界を歩いていける。政治家たちはお金持ちのご機嫌取りに必死で、GDPと株価のことしか頭にない。牙を抜かれた若者たちは、青春のエネルギーをどこに向ければいいか分からず、日々悶々としている。きっと君の毎日もただ何となく過ぎているだろう。当面の生活を維持するのに手一杯で、他人のことを考える余裕なんかどこにもない。
 混乱の渦にどうか一筋の光を。君は無力だが、無価値ではない。たとえ世界中が敵だとしても、人が今この瞬間を生きることはそれだけで素晴らしい。

二月二十日
 曲はA調でサビは決まった。言葉もなんとなく浮かんでいるけど、どこかしっくりこない。

二月二十三日
 Bメロがなかなか決まらない。サビに向けてグッと雰囲気を盛り上げたいけど難しい。昔一曲書いたことがあるけど、あまりにもださくて、売れないフォークデュオみたいだった。あれは黒歴史だけど、今回のはもっと納得できるものにしたい。

二月二十五日
 急にポンとメロディが浮かんできて、急いで鼻歌を録音した。そこにコードを合わせて、歌詞を付けて、ついに一曲書き上げた! 歌詞もメロディもなかなかいい感じだ。でも自分で歌ってみるとなんだか恥ずかしい。これを人前で歌うっていうのは勇気がいるなぁ。


―――

続き

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