人食いマンション

 その夜、首都高を走る車には四人の男が乗っていた。彼らは大学の同級生で、夏休みを利用し、箱根で温泉旅行をした帰りだった。神奈川を抜け、都内に入ろうかという頃、適当な話題も尽き、退屈になった車内の空気を盛り上げようと助手席の吉川が話し始めた。
「なぁ、知ってるか? 首都高を走る幽霊の話…。」
 吉川によれば、かつて首都高にスピード自慢のバイクライダーがいたらしい。ある日、スピード勝負を挑まれたそのライダーは、レース中にカーブでトラックと正面衝突して即死。バラバラになった遺体はすぐに処理されたが、いくら探しても彼の左手は見つからなかったそうだ。それから首都高では、左手のないバイクライダーがたびたび目撃されるようになった。彼は見つけた車に片っ端から競争を挑み、追い抜いた運転手の左手をちぎり取ってしまうのだという。
「…それがこのカーブなんだってよ。」
 吉川はわざとおどろどろしい声で言った。
 後部座席に座る笠原は、その話をはじめはバカバカしいと思って聞いていた。しかし、深夜、人気のない高速道路の不気味な雰囲気と相まって、次第にその話に妙なリアリティを感じるようになっていた。それは同乗者たちも同じだったようで、車内は重たい沈黙に支配されていた。
「その話はもう止めようぜ。ほら、この前合コンで出会ったかわいい子。名前何だっけ?」
 笠原は強引に話題を逸らした。水を差された吉川はつまらなそうな顔で、「お、おう。」と言って話を切り上げた。
「あれっ、やっぱり変だな。」
 突然、運転手の武田が呟いた。
「いやさ、さっきから同じところばっかり走ってる気がするんだよ。」
笠原は窓の外を見た。そういえば、あのビルや広告塔はさっきも見た気がする。
「首都高は輪っかになってるから、一周しちゃったんじゃねぇか。」
助手席の吉川が言った。
「俺だってそんなの気付かないほど馬鹿じゃねぇさ。それにしてもさっきから出口がないんだよなぁ…。」
 それからも車は首都高を走り続けた。やはり、どこまで言っても同じ景色が繰り返している。周囲の異変は車内の全員が感じ取っていた。
「ん、あれ何だ? ケンカか?」
 笠原の隣に座る新山が何かを見つけて指差した。笠原も視線の先に目を移すと、古ぼけたマンションがあった。そこの八階のベランダで男女がもみ合っている。
「おい、あれ、やべーんじゃないか。あっ、落ちた!」
首を絞められながら柵に押し付けられていた女性が、柵を越えて頭から地面に向けて真っ逆さまに落ちた。
「あ、出口があった。降りてあのマンションを見に行こう!」
 車は名称表示のない看板が掲げられた出口から首都高を抜け出した。

 目的のマンションに着いてすぐ車を駐車場に停め、四人は女性が落ちたと思われる場所に向かった。ところがそこには女性の姿など影も形もなかった。
「あれっ、おかしいなぁ。確かにこの辺りだったと思うんだけど…。」
「なんか気味悪いし、もう帰ろうぜ。」
「いや、お前らも見ただろ? あれはただ事じゃないぜ。中に入ってみよう。」
武田が先頭切ってマンションに入っていった。他の三人もしぶしぶという感じで武田に着いて行った。
 そのマンションは十階建てで、建てられてからかなりの年数が経過しているのだろう、クリーム色の外壁が所々はがれていた。住人たちはもう眠っているようで、明かりのついている部屋は外から見る限り一つもなかった。マンション内は薄暗かった。廊下の天井に沿って白熱灯が取り付けられていたが、そのうちいくつかが切れかけてチカチカ点滅していた。
 四人はすぐに上行きのボタンを押して待っていたが、エレベーターは一向に降りてこない。そのうち、しびれを切らした武田は、
「もういい、俺は階段で行く!」
と言って、一人非常通路の扉を開けて階段を上って行った。少し経って、残された三人もエレベーターに乗り込んだ。「8」と書かれたボタンを押すとエレベーターはゆっくり上昇し始めた。
 八階で止まったエレベーターのドアが開いてすぐのことだった。
「うあああぁぁ! 止めろぉぉ!」
エレベーターホール左手の廊下から武田の叫び声が聞こえた。そちらにはベランダで男女がもみ合っていた部屋がある。笠原は声のした方へと急いで駆け出した。
 「802」と書かれた部屋のドアが半開きになっていた。先ほど声がしたのはおそらくこの部屋だろう。笠原はドアの隙間から中の様子を伺った。
 部屋の中は青白い照明に照らされていた。玄関から伸びる通路左手の部屋から、仰向けになった男性の下半身が見える。そして床に広がる赤い液体は、血…?
 一目で異変を感じた笠原は、他の二人と合流するためエレベーターホールへ引き返した。ところが、そこに二人の姿はなかった。エレベーターは八階で止まったままになっている。
 笠原は血の気が引くのを感じた。
(早く、ここから出なければ!)
彼は、武田が上ってきた非常通路の扉を開けて階段を下り始めた。
 その階段は明らかに段数がおかしかった。折り返しの踊り場前後で段数が多かったり少なかったり、一定しないのだ。だが、今はそんなこと気にしている場合じゃない。笠原は全力で階段を駆け下りた。
 三階くらいまで降りた頃だろうか。突然、目の前に壁が現れた。どこにもドアなどはついておらず、完全な袋小路になっている。
「はっ、うわぁ。」
 声にならない声を出した笠原は、今降りてきた階段を引き返して登り始めた。するといつの間にかすぐ後ろにも壁が迫っていた。笠原は完全にその空間に閉じ込められた。
ググ、ゴゴゴ…。
コンクリートが軋んで妙な音が聞こえた。今度は天井がゆっくりと降下し始めた。
「嘘だろ…。」
 笠原は階段を右往左往したり、壁や天井などあちこち触ったり、蹴ったりしてみた。しかし、どうすることもできなかった。
 次第に下へ下へと追い込まれていく笠原。天井と階段の隙間は既に腰をかがめずにはいられないほど狭くなっていた。
「嫌だ嫌だ。う、ぐっ。あ、わあああぁぁぁあ!」
 メキョ、っと不快な音を立てて笠原はコンクリートに飲み込まれた。その断末魔の叫びを聞いた者は誰もいなかった。
 クリーム色の古ぼけたマンションは、今日も首都高を走る車たちをジッと見つめている…。

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