ダイブ64

六十三からの続き


   六十四

一月十七日
 手紙を読んで、あんなに前向きな翔さんにも辛い過去があったのかと驚いた。それを乗り越えたから、翔さんは強くなれたのだろう。大切なのは想像力だというが、オレはどうだろう。自分は無力で、地べたをはいつくばって死んでいくうじ虫のイメージが浮かんでいるが、このままでいるのはよくないってことだろうな。どうしたらそのイメージを捨てられるだろうか。「自分には価値がある」って思えるだろうか。
 しばらく翔さんと一緒にいて、少しだけ胸が軽くなった気がする。これまでのこと、これらからのこと、ちゃんと考えると絶望的な気持ちになるけど、それでもなんとかなるような気がする瞬間も出てきた。前向きな気持ちを集めてつなげたら、崩れそうな身を多少は支えてくれるだろうか。
 それにしても翔さんが自分のことをそんなに考えてくれていたとは知らなかった。忙しい中、わざわざ心配して来てくれたのに、そんなの考えずひどいことしちゃったな。それでも怒らない翔さんは器が大きいな。オレは本当にどうしようもない。
 翔さんの言う「愛」や「思いやり」ってどういうことだろう。今まで自分は人に対してそういう気持ちを持ったことがあるだろうか。千佳子のことは間違いなく愛してた(る)と思うけど、結局こんな結果になった。どこかに間違いがあったのかな。

一月十九日
 オレは毎日生きてる中で、どれだけ他人のことを考えているだろうか。今はほとんど消えかけているが、今までいろいろな人とのつながりがあった。そういう人たちのことを一日の中で何分間考えていただろうか。それは十分にも満たないんじゃなかろうか。オレが考えていたのはいつもいつも自分のことだった。人によく見られたい。すごいことして認められたい。愛されたい。自分はモノやお金がたくさん欲しいわけじゃないから、あまり欲のない人間だと思っていたけど、本当はそんなことなかったんじゃないか。欲しいものがあって、どうしてもそれを手放せなくて、でも手に入れられなくて。だからオレはこんなに苦しんでいるのかもしれない。
 出会った頃は、こんなにも大きな存在になるなんて思いもしなかった。君はただ無料でさせてくれるだけのデリヘル嬢だったのに。気が付いたら心の真ん中にいて、他の何かじゃ埋められないものになっていた。オレは心の底から君を愛せていただろうか。ただ自分が気持ち良くなるための道具として見ていなかっただろうか。本当に君の幸せを願って、何かをすることができていただろうか。君に向けた優しさのすべては、ただ愛されるがための打算的な行為に過ぎなかったのではないか。あの二百五十万円だって。両親まで犠牲にして君に尽くす献身的な自分に酔っていただけかもしれない。
 すべては偽善だ。どんなに美しい人間だって、仮面の裏にはドロドロのモンスターを飼っていて、ふとした時にそいつは顔を出し、自分も周りの人間もグチャグチャに噛み砕いてしまう。ああ、今夜もあいつが叫んでる。いっそ身を委ねて狂ってしまえたらどれだけ楽だろう。

一月二十二日
 当たり前のことだが、自分が仕事してなかろうが、うつになりそうなほど悩んでいようが、そんなことお構いなしに世界は回る。学生は朝早く起きて退屈な授業で短い青春を散らし、街のそこここではサラリーマンもアルバイトも忙しなく働いている。ここ数日は、そういう流れからまったくはみ出して、何の目的もなく街をさまよっていた。家を出て、商店街を歩き、駅前の広場を散策。気が向いたら隣の駅まで歩いたり、近くの大学でメシを食べたり。大した発見もないが、にぎやかな街の様子を見ていると何となく気がまぎれる。

一月二十三日
 ある映画のワンシーンがとても印象に残った。クラスメートの女の子に恋をした主人公は彼女に告白するがあっさり振られてしまう。しかし、「もし私の心が変わるまで毎日夜七時にアカシアの木の下で待っててくれたら…」。それから主人公は雨の日も風の日も、身も凍える冬の日も彼女を待ち続ける。時に心折れそうで幾度となく止めようと思うが、主人公は彼女への思いを捨てなかった。そして冬が終わり、春の訪れを感じる暖かな夜に彼女は主人公の前に現れる。一度結ばれた二人は、最終的に不幸なすれ違いがあって別れてしまうが、主人公の献身っぷりに思わず泣いてしまった。
 オレはそんな純度で千佳子を信じられるだろうか。すっぱりと君への思いを断つべきか、あるいはいつまでも待ち続けるべきか。結末は誰にも予想できないドラマだ。


―――

続き

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