ダイブ67

六十六からの続き


   六十七

二月三日
 孝ちゃんと久しぶりに話せてよかった。孝ちゃんもずっと苦しんでたんだな。学生時代は良くも悪くも敏感なお年頃だから、その頃できたトラウマって長いこと引きずっちゃうよな。世の中には「引きこもりは甘えだ」なんてことを平気で言う人がいるけど、彼らに家から出られない人たちの辛さがほんの少しでも理解できているとは思えない。だって、「世界は敵で自分は無力」なんだから、引きこもることが彼らにとって自分の安全を確保する最善の方法なんだよ。そう深く思い込まされるほど惨めな思いをしたことが、あんたらには一度でもあるのか? 人にはみんな違った道があって、形は違えどそれぞれのステージで苦労している。それは大企業の正社員だろうと、歓楽街の風俗嬢だろうと、社会参加できない引きこもりだろうと変わらない。それなのに己のちゃちな正義感を振りかざして他人を批判する人間は哀れだ。人の痛みを理解しようとしない。孝ちゃん、お互い強く生きよう!

二月五日
 目を背けて見ないようにしている問題って、人生の節目節目に顔を出し、何度でも人を苦しめる。心の奥底にはパンドラの箱があって、その中には自分の弱さや欺瞞、悪意といった直視するに耐えられないものがいっぱい詰まっている。オレの箱には、対人コンプレックスや嫌なことがあるとすぐ逃げる弱さ、金を稼ぐ手段などなど、戦わなきゃいけない問題がぎゅうぎゅう詰めだ。とてもすべての問題を解決できる力がオレにあるとは思えない。さりとて逃げてたら、そいつはもっと大きくなって帰ってくる。頭の中でそういうのを想像してたらいつもいつも堂々巡りになって、気付けば目の前に道がなくなっている。「答え」はいったいどこにあるんだろうな。

二月八日
 正直あまり気が進まないがどうしても会わなきゃいけない人がいる。昨日の晩、父さんに「会って話がしたい」とメールしたが、「お前と話すことは何もない」と断られてしまった。俺と父さんとの間には、ずっとわだかまりがある。今回の借金で二人の溝が決定的になってしまった。でも、だからこそ。悪いのは俺だから、ちゃんと謝りたいんだ。。
 仕方がないので、こちらも少々気まずいが、母さんに電話した。やたらと近況を聞かれたが、すべてを正直に話すわけにもいかず、「元気だよ。」とだけ伝えた。それから、「父さんに会おうとしたが断られた」と話したら、「私の方からもお父さんにお願いしてみる」と言ってくれた。なんだかんだオレはいつも母さんの世話になっている。感謝の気持ちを伝える? 心臓をブラシでこすられたように、ぞわっとして気恥ずかしい。

二月十日
 幻の中を進む。都会のまぶしいほど華やかな夜の裏で、どれほどの人間が血と汗と涙を流し、生きているんだろう。千佳子。君もそんな人たちの一人だったんだね。大事なものは何一つ触って確かめられない。君が本当に大事にしていたものはいったい何? 愛、病気の妹、それとも…? 意味不明な散文の中に君の影が。何気ない生活の隅々にまでしみ込んでいる。地上に降り注いだ雨は大地を濡らし豊かな恵みを与える。じゃあ、一瞬のスコールにも似た君との時間は僕に何を与えるんだろう。
 今日はカレーを作って食べた。ジャガイモは抜きにして、牛肉と玉ねぎと人参と、自分の好きな具ばかり入れた。確かにおいしかったけど、本当は君が作ってくれたどこかピント外れの大根入りカレーが食べたいよ。君がいなくなってから二か月以上が過ぎた。もう突然泣きたくなることはほとんどないけど、ふと我に返ると君のことが恋しくて、身体の置き場にさえ困ってしまう。本を読んだり、映画を見たり、ギターを弾いたり。色々してはいるけど、君の影はなかなか消えてくれない。またいつか会えるなら。その願いも想像すれば叶うかな?

二月十三日
 母さんからメールが来た。「お父さんが今度の日曜日なら会えると言ってます」。とうとう来たな、という感じだ。何をどう話したらいいか分からないし、何を言われるかも分からない。すごく不安だけど、今回は絶対に会わなきゃいけない気がする。母さんに「分かった。ありがとう。」と返事した。


―――

続き

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