ダイブ68

六十七からの続き


   六十八

 「類、話って何だ?」
高野がリビングの長テーブルに腰かけるなり、挨拶もそこそこに、真一が高野に切り出した。高野は、高圧的な真一の口調にムッとしたが、飲み込んで頭を下げた。
 「父さん、前に酷いことを言ってしまってごめんなさい。」
真一は、表情一つ変えず高野の方を見ている。
 「それに二百五十万円のことも…。時間が掛かっても必ず返します。」
高野は顔を上げた。真一は無言のままで目を閉じ、何事か考えている。
 「お父さん…。」
美佐は不安げな表情で真一の顔を見つめた。
 「分かった。類、二人で話さないか? 近くの喫茶店はどうだ?」
目を開けた真一が高野に問いかけた。
 「ああ、いいよ。」
高野は突然の提案に驚きながら返事した。いったい何を話すつもりだろう。真一と高野は家を出て歩き始めた。
 この日は風が強く寒かった。高野はダウンジャケットを着ていたが、それでも時折勢いよく吹きつける北風は彼の身を震わすのに十分であった。
 「なぁ、類。お前、この二か月くらいの間に何かあったか?」
真一が、高野の予想よりも優しい口調で話し掛けてきた。
 「えっ、どうして?」
 「まさかお前が俺に頭を下げに来るとは思わなくてな。どうせまた金の無心にでも来るだろうと思ってた。」
 「今までしてきたことを考えたら、そう思われてもしょうがないな。」
 「お前、生活費はどうしてるんだ?」
 「貯金を崩しながら細々やってるよ。もうすぐ失業手当も出るからあと二、三か月は大丈夫だと思う。」
 「そうか。」
そこで言葉は途切れ、二人はしばらく無言のままで歩いた。
 「類、この公園覚えてるか?」
少しして大きな広場のある公園を通りがかったとき、再び真一が高野に話し掛けた。
 「ああ、覚えてるよ。昔、よく父さんに遊んでもらってたな。」
 「お前がまだ小さい頃、小学校に入ってすぐくらいまでは、よくここに来たな。」
 「キャッチボールやサッカーをしてた。」
 「お前は負けず嫌いでな。サッカーをしたら俺からボールが取れなくて、夕方になるまで泣きながら走り回ってたよ。」
 「そんなことあったっけ?」
 「あの頃は俺もまだ平社員で転勤がなくて、お前と遊ぶ時間があったんだ。」
 「そうだったんだ。」
 「ああ。おっ、そこの店でいいか?」
二人は小さな通りにあった個人経営の喫茶店に入った。古ぼけた外装のわりに内部はよく手入れされていて清潔感があった。
 「いらっしゃい!」
マスターは五十代前半の男性。背は低く、ロマンスグレーの髪に、綺麗な口ひげを蓄えていた。窓際のテーブル席に座った二人は早速、高野はレモンティーを、真一はコーヒーをそれぞれ注文した。
 「雰囲気のいい店だね。」
高野が率直な感想を述べた。
 「ああ。休みの日、たまに来るんだ。」
 「へぇ、そうなんだ。意外。」
 「俺がコーヒーを飲んだらおかしいか?」
 「いや、父さんって仕事のイメージしかなくて、それ以外の時間に何してるか全然イメージできないんだよ。」
 「確かにな。俺は年中仕事ばかりしてる。たまの休みもプレゼンの資料やら出張の報告書やら作ってて仕事関係のことが多いな。」
 「父さんには、趣味とかないの?」
 「趣味…。いつもは無趣味と答えるが、強いて言えばミステリー小説が好きだ。複雑な事件の裏に驚くような真相が隠されていて、ラストで無数の伏線が綺麗に回収されていく。そんな話を読むと、年甲斐もなく興奮してくるんだ。」
 「そういえば、たまに本読んでたね。」
 「お前は本を読むのか?」
 「最近、時間があるから色々読んでた。」
 「例えばどんなのだ?」
 「なんか人生論みたいのが多かった。最近、やたらと考え事しててね。」
 「やっぱり何かあったんだな。それは、あの二百五十万円とも関係あるのか?」
 「…。」
 「なぁ、類。お前、あのお金を何に使ったんだ?」
 「使い道は言えない。でも金は必ず返す。」
 「そうか…。何かよっぽどのことがあったんだろう。これ以上は詮索してもしょうがないな。」
 「ごめんなさい。」
 「ところで、お前これから先どうするか考えはあるか?」
 「正直言うとすごく迷ってるんだ。また今年も公務員試験を受けようと思ってるけど、自分が本当に公務員になりたいのか分からなくなった。」
 「どういうことだ?」
 「自分のやりたいことが分からないんだ。もともと公務員になろうと思ったのは、安定とか社会的地位とかそういうものを求めていて、別にその仕事がやりたいって強く思ってたわけじゃないって気付いたんだ。一度きりの人生でこのままレールに乗っかることばかり 考えてても楽しくないんじゃないかって思うんだ。」
「じゃあ、他にやりたいことはあるのか?」
「かといって、『あれ』を目指そうとか『これ』になろうってのがあるわけじゃないんだ。ただ、今のままの生き方をしていても、自分は人生に満足できない気がするんだ。」
 「難儀だな。俺の頃は『大学を出たら就職した会社で定年まで働く』って考え方が当たり前だった。今の若者はニートやらフリーターやら色んなのがいるみたいだが。」
 「…。」
 「だがな、類。実は父さんもお前と一緒なんだ。これから先のことを迷ってる。」
 「どういうこと?」
 「先月、会社を解雇されたんだ。」


―――

続き

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