作務衣の男

 あれは、俺のじいちゃんの十三回忌でのことだった。いつもお経をあげてもらう近所の坊主が、今回は見慣れない男を連れてきた。年齢は五十代半ばだろうか。作務衣というのか、着崩しのできる和服を着ていた。男は、眉間にしわの刻まれた険しい表情で家の中をあちこち眺めまわしていた。
「こちらの方はどなたですか?」
俺と同じくその男を訝しく思ったのだろう。母さんが坊主に尋ねた。
「この方は、まぁ同業者みたいなものです。たぶん、今日は連れてきた方がいいかと思いまして。」
「はぁ。」
歯切れの悪い回答に、母さんも首を傾げていた。
 早速、仏壇のある畳の部屋に移動し、坊主はお経を唱え始めた。南無妙法蓮華経…。お経を聞くのは相変わらず退屈だ。隣に座るおじさんも目を閉じてコクコクと首が揺れている。
このとき作務衣の男は、仏壇に向けて座る坊主と対照的に、自分たちの方に身体を向けジッと鋭い視線を送っていた。その視線は、他の誰でもなく自分を突き刺していた。俺は、背中にジトッと嫌な汗をかくのを感じた。
 男の前には四角くて平たいお盆が置かれていた。その上には白い紙に包まれたいびつな三角の物体。紙には細い赤字でゴニャゴニャと何か書かれている。お経も佳境に迫った頃、男は丁寧に包み紙を剥がし始めた。中に入っていたのは、なんと包丁だった! 刃渡りは二十センチ以上ありそうだ。
 俺は一気に血の気が引くのを感じた。えっ、なんでそんなものが、どうして。それに誰も反応しないのはなぜだ。
周りを見回すと、明らかに雰囲気がおかしかった。みんな目を閉じて、首を下に傾け、ピクリとも動かないのだ。ばあちゃんも父さんも母さんも、いつもはジッとしてられないクソガキの隆太でさえも、一様に同じ格好でうつむき固まっていた。俺は嫌な予感がして、心臓の鼓動が早まってきた。
「あああぁぁ!」
 すると突然、作務衣の男が包丁を手にして立ち上がり、俺の方に走って来た。脇を絞めて構えられた包丁の刃先は一直線に胸元を目指していた。何が起きたのかすぐには理解できなかったが、その光景はやけにスローモーションに見えた。
 ズチャ!
奇妙な音を立てて、包丁が布地に突き刺さった。目の前には、刃先が飛び出したリュックサックが浮かんでいた。俺はとっさに脇に置いてあったリュックで身を守ったのだった。俺はその場に崩れ落ちた。太ももがヒクヒクと痙攣し、足に力が入らない。声を出そうと思ったが、喉がかすれてヒュッ、ヒュッと息の音を出すので精いっぱいだった。リアルな死を真近に感じると、人はこうも委縮するものなのか。
「もう心配することはない。」
そう言うと男は、リュックから包丁を引き抜いて去っていった。最後に見た彼の表情は、眉間のしわが消えて優しかった。彼が家の玄関を出るのと同時に、BGMで鳴り続けていた坊主のお経が終わった。周りのみんなも目を開け、いつもの表情に戻っていた。
 ど真ん中に大きな刺し傷の残ったリュック。それは自分の私物だったが、中で一枚の写真が真っ二つに切れていた。写っていたのは、俺と最近別れた彼女だった。それがちょうど二人の間で綺麗に分かれていた。
 俺は彼女のことを引きずっていた。別れた原因は彼女の浮気だったが、自分のすべては彼女というくらいに愛していた俺は、どうしても彼女から気持ちを離せなかった。そして、死んでしまおうかと悩むほど苦しかった。自分で死ぬのは怖いから、誰か殺してくれないかと心のどこかで願っていた。
 この一件以来、少しずつだが、気持ちの整理ができてきた。先のことも前向きに考えられるようになったし、何より死にたいと思わなくなった。
 ここからが不思議なことなんだが、十三回忌の後、あの作務衣の男を覚えてる人は誰もいなかった。男のことを坊主に尋ねた母さんは、「そんな人知らない」そうだし、連れてきた坊主は、「最初から一人で来た」と言った。お経については、みんな「いつも通りだった」と答え、早々に首を揺らしていたおじさんさえも「眠ってなんかない!」と言い出す始末だ。
 あの男はいったい何者だったのだろう。一つは、どういうわけか自分を助けに来た風変わりな恩人。もう一つは、殺して欲しいという思いが具現化した殺人者だ。もし、あの時リュックで防がなければ、自分は願い通り死ねていたかもしれない。でも、そうならなかったのは、心のどこかで「生きたい」と思っていたか、あるいは、幽霊になったじいちゃんあたりが守ってくれたのかもしれない。
 これ以上考えても仕方ないだろう。俺はオカルトやミステリーを信じるタイプではないが、何か自分の知らない世界の一端を覗いたような気がする。事実、あの日作務衣の男が突き刺したリュックの穴は、今も消えずに残っているのだ。

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