恋するペン子

 私は古いボールペン。頭を押すと、カチッと音がしてペン先が出てくるただのボールペン。私が作られたのはもう十年以上も前のことだ。私が生まれたのは北関東のある工場。それから問屋に卸されて、小さな文房具屋で売られていたの。おんなじ姿をした友達たちと並んで、どんな人が私を買ってくれるのか、ワクワクしてたわ。できればカッコいい人がいいなぁ、なんて想像したりして。それでも私はなかなか売れなくて、先に買われた友達は、「大丈夫。あなたももうすぐよ」なんて別れ際に声を掛けてくれたけど、不安で不安でしょうがなかったわ。だって、いつまでも売れないボールペンはゴミに出されて、どこかの工場でグシャグシャに潰されてしまうって聞いてたもの。
 しばらくしてから私を買ってくれたのは、ある女性だった。何本か試し書きして、悩んでから私を選んでくれたの。彼女は看護師をしていて、メモを取るためのペンが欲しかったみたい。でも、彼女はすぐに私を人にあげてしまったの。あげたと言っても、自分の息子にね。彼女には、小学校低学年の息子がいたんだけど、彼は私を見るなり一目で気に入ったみたいでね。「そのボールペン(つまり私)が欲しい!」って、駄々をこねたの。そして、彼女は私を息子に渡した。それから私のご主人様はずっと彼なの。
 彼は私のことをいっぱい使ってくれたわ。彼は絵を描くのが好きだったから、色んなキャラクターや動物、時には先生の顔なんかを描いた。彼の絵は人気で、彼が教室で何か書いてると必ず人が集まってきた。あぁ、こんな風に使ってもらえる自分は幸せ者だなぁって思った。でもね、悲しい時は必ず訪れるのね。二か月か三か月した頃、私、インクが切れてしまったの。彼は一生懸命ペン先を紙に擦り付けてくれたんだけど、私、もう点の一つも書けなくって。彼はとても悲しんでいたけど、すぐに次のボールペンを買ってきて、私を引き出しにしまったわ。これは悲劇? ううん、最後まで使命を全うできるボールペンって案外少ないそうだから、私は恵まれてるの。そんな風に自分に言い聞かせてたけど、やっぱり悲しかったし、新しいボールペンに嫉妬したりもしたわ。暗い引き出しの中で、私、ずっと悶々としてたの。
 次に彼が私を手に取ったのは、一年以上後のことだった。私を握った彼の目には涙が溜まってた。そしてすぐに大声で泣き出したの。どうしてって? 彼、交通事故でお母さん(私を文房具屋から助けてくれた大恩人)を亡くしてしまったの。彼はインクが出ないことが分かっていて、それでも私を紙に押し付けた。グシャグシャ、グシャグシャ。そこに引かれた無計画な曲線の折り筋は、混乱する彼の頭の中そのものだったんでしょうね。まだ幼いとはいえ、行き場のない悲しみに暮れる彼の姿を見ていると、私まで一緒に泣けそうな気がしたわ。
 それから彼は私を肌身離さず持ち歩くようになった。小学校の間は筆箱が。制服を着るようになってからは、胸ポケットが私の居場所だった。彼にとって私は、愛するお母さんの形見。分身のような存在だったんでしょうね。何か迷うことや辛いことがあったとき、彼はいつも私をジッと見て、「お母さん、僕どうしたらいいかな」って呟いていたもの。彼はマザコンじゃないかって? そんなこと言って笑う人がいたら、私、そいつの目玉をブスッて突き刺してやりたいわ! 彼は恵まれた境遇ではなかったけど、いつも笑顔を絶やさないで、一生懸命努力する素敵な人だもの! あぁ、中学校の時、お母さんがいないことで彼をからかった折坂君には、いつか一発かましてやろうと思っていたけど、結局、叶わなかったわね。それに彼、馬鹿にされても全然怒らないんだもの。「折坂君もさ、ああ見えて苦しいところあると思うんだ」って、あなた、お人よし過ぎない? そんなところが最高よ!
 大学生になった彼は、恋をした。相手は同じ学科の同級生。きっと彼は否定するけど、見た目も性格もどことなく彼のお母さんに似ていた。二人の仲は授業で顔を合わせるくらいだったけど、彼は勇気を出して彼女をデートに誘ったの。そしたらOKを貰って、彼、すっごく喜んでたわ。
 彼は今まで何度か恋をしたけど、それはどれも悲しい結末に終わってた。きっとみんな、彼の良さを知らなかったんだと思う。彼は器用じゃないし、お世辞にもカッコいいと言える見た目じゃないけど、そんなの吹き飛んじゃうくらい素敵なんだから。世界一だって言ってもいいわ!
 初めてのデートはレストランだった。いつも行く安いファミレスじゃなく、少し気取った高そうなお店。紺色のシャツを羽織った彼の胸ポケットに私はいた。でも、二人の会話はぎこちなかったわ。
「ペット飼ってましたか?」「いや、何も飼ったことないなぁ。」
「部活はしてましたか?」「うーん、何も。」
お前、会話盛り上げる気あるんかい! って思わず突っ込みたくなっちゃった。「犬が好き」とか「高校の頃バイトしてた」とか何とでも言いようはあるでしょうに。だけど、仕方ないよね。彼、女の子に免疫がないから。バクバクする心臓の音を私、真近で聞いてるんだもの。これじゃ、まともにしゃべれっこないわ。
 でも、その後チャンスが来たの。趣味を聞かれた彼が「絵を描く」って答えたら、彼女が興味を持って、「見たい」って。でも、手元には道具がなかったのね。困った彼は、少し迷ってから、私を手に取ったわ。それでテーブルの脇にあったナプキンを広げて、ペン先を出したの。何がしたいかすぐに分かった。私、この時ほど神様に祈ったことってないわ。「どうかほんの少しだけインクを出してください。私はどうなってもいいですから!」って。そしたらお腹の下が温かくなって、じわぁってインクが出たの! びっくりしたわ。自分の後ろからなめらかな線が追いかけてくる感覚。すっごい久しぶりだけど、気持ち良かった。
 彼が描いたのはある少年漫画の主人公だった。彼女はその漫画が好きで、とっても喜んでた。それを見て、彼の表情も明るくなったの。私、十年振りくらいに彼の役に立てて、嬉しかった。そんな言葉じゃ足りないくらい嬉しかったわ。
でも、彼女にリクエストされて次のキャラクターを描こうとした時、彼、手を滑らせて私を床に落としたの。したら、その瞬間小太りの男がやってきて、
 バキッ!
って私を踏んで壊したの。私、お腹の辺りで真っ二つになっちゃった。そしたら何か、今までのことがワーっと一瞬のうちに浮かんできたの。今度はボンヤリしてきたし、私、たぶんここまでみたい。バラバラになった私を拾い上げたご主人様が悲しい顔をしている。今は楽しいデートの最中だよ、笑って! あーあ、私、彼ともっと一緒にいたかったなぁ。優しい彼の胸元で、心臓の鼓動と体温を感じながら、同じような毎日を繰り返すの。時々、いいことや悪いことがあって、そのたび一緒に喜んだり、悲しんだり。それはただのボールペンには大きすぎる願いだね。
 ご主人様、絶対、彼女を捕まえるんだよ! 私の目が確かなら、その子はあなたのお母さんのようにちゃんと人を愛せる女性だから。あと、もうマザコンは卒業した方がいいよ。女の子は些細なことで嫉妬するから。自分を一番に想ってくれるのが嬉しいんだよ。
 えっ、生まれ変わったら何になりたいかって? うーん、またボールペンかな。私、今までとっても幸せだったもの。こんなに愛されるボールペンの一生ってなかなかないわ。あ、でも…。もし人間に生まれ変われるなら、彼のような人と恋をしてみたい。ずっとずっと大切に想い合って、しわくちゃになるまで一緒にいるの。ボールペンには難しくても、人間ならできるでしょ?
 でもしばらくは、天国に行って、あなたの幸せを願ってることにするわ。素敵な一生をありがとう、ご主人様。またね、バイバイ!

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