復讐のカルマ
時刻は夜八時。住宅街の十字路で、俺は息を潜めていた。辺りは静かで通りかかる人はいない。奴の行動パターンは把握している。奴は毎日、家に帰るため、この十字路を横切る。来た。奴はスマホをいじりながら歩いている。
俺はポケットからナイフを取り出し、奴に駆け寄った。そして、握り手に渾身の力を込め、胸元を刺した。舞う鮮血が街灯に照らされて赤く光った。俺はすぐにその場から走り去った。一瞬振り向くと、奴が膝をついて倒れるのが見えた。やった。やったぞ。
次の日のニュースで奴が死んだことを知った。奴には妻と子供がいたが仕方ない。こうするより他なかったんだ。
小学生の頃、俺は酷いいじめを受けていた。今でもフラッシュバックするのは、裸で一晩体育倉庫に閉じ込められたことだ(次の日、教師に叱られたのはなぜか俺だった)。そのいじめの首謀者が奴だ。俺はあのヘラヘラした顔をどうしても記憶から消し去りたかったのだ。
…。
ブーン、ブーン!
耳をつんざく小刻みな振動音。かつてはこの音を不快に思い、恐怖さえしていた。だが今は良質なクラシック音楽よりも心地いい。あれっ、クラシックって何だっけ。今はそんなことより食事だ。
「スズメバチさん、お願いですからこの子たちを食べないでください。」
ミツバチの女王が涙目で訴えかけてきた。だが、俺はそんなことお構いなしに巣穴からサナギをほじくって食べた。ふぅ、美味しかった。
「あなたのこと許しませんから。」
あらかたサナギを食べ尽くしたところで、女王バチが突っかかってきた。目障りだったので、お腹の針で刺し殺してやった。ざまぁみろだ。
ところが巣に戻ろうと振り返ると、俺はミツバチたちに囲まれていた。女王バチがフェロモンで仲間を呼んだらしい。ミツバチたちは一斉に俺の身体に群がってきた。ザコどもが、蹴散らしてやる。
ところが密着したミツバチたちは予想以上にしつこかった。身体をよじって一匹ずつ刺し殺していくが、徐々に体力を奪われていく。俺の身体は大量のミツバチが群がり、歪な球のように膨らんでいた。
「あ、熱い…。」
摩擦熱に耐え切れなくなって俺は事切れた。
…。
小エビを口に咥えた俺は上機嫌だった。岩場の巣穴では、子供たちが餌を待っている。俺は尾ヒレを力強く振って軽やかに水を蹴った。
ところが巣穴には子供たちがいなくなっていた。おーい、と声を掛けると奥の方から末っ子だけが出てきた。聞けば、俺が餌を取りに行ってる間、子供たちは巣穴の外に出たらしい。その時サメが来て、まとめて一飲みされてしまったそうだ。怖くて奥に隠れていた末っ子だけが無事だった。俺は怒りに我を忘れ、衝動的に泳ぎだした。
サメは子供たちを食べて満腹になったのか昼寝していた。俺はその腹に思いっきり噛み付いた。しかし、硬い皮膚に阻まれ歯が立たない。
「イワシ、俺の昼寝を妨げるとは何の真似だ。」
「子供たちの仇…。」
俺は相打ち覚悟で突っ込んだ。しかし、サメは口を大きく開け、鋭い牙で俺の身体を真っ二つに噛みちぎった。
…。
目の前は真っ暗だった。宇宙の果てを漂う星くずのように、俺はただ所在なく闇の中に佇んでいた。
「カルマは命ある限り永遠に続くの。」
声の方を向くと綺麗な女性がいた。どこか見覚えのある顔だったが、誰かは思い出せない。
「カルマって何?」
「行為の結果よ。カルマは次の因となって新しい果を生む。因果は巡り、また繰り返すの。」
「よく分からないな。」
「いいことをすればいいことが、悪いことをすれば悪いことが返ってくるってことよ。」
「そんなの嘘だ。俺をいじめた奴には何の罰もなかった。」
「生を一度きりで見たら、バランスが取れないこともあるわ。でも、何度も輪廻を繰り返す中で必ず報いがあるの。」
俺はその女性の顔を思い出した。小学校の頃好きだった女の子だ。しかし、今は俺と同じくらいの歳で大人の姿をしている。
「じゃあ、奴を殺した俺は…。」
「誰かに復讐される。あのミツバチの女王はいじめっ子の妻。あのサメはいじめっ子の子供。みんなカルマに導かれて生まれ変わったの。」
「そんな…。」
「カルマはたくさんの命を巻き込んでずっと続いていくわ。誰かが止めないと永遠にね。」
「だったら、いじめを見逃せってことか!」
「違う。ただ、復讐は新たな苦しみを生むだけ…。」
「なら、俺の傷はどうやって癒せばいい?」
「それは手探りで探すしかないわ。」
…。
俺は住宅街の十字路に立っていた。なぜだろう。少し意識が飛んでいたようだ。長い長い夢を見ていた気がする。来た。奴はスマホをいじりながら歩いている。
俺は奴に駆け寄り、握り手に渾身の力を込め、頬をぶん殴った。奴はブサイクに顔を歪め、仰向けに倒れた。俺はすぐにその場から走り去った。ポケットに鋭いナイフを忍ばせたまま。
俺はポケットからナイフを取り出し、奴に駆け寄った。そして、握り手に渾身の力を込め、胸元を刺した。舞う鮮血が街灯に照らされて赤く光った。俺はすぐにその場から走り去った。一瞬振り向くと、奴が膝をついて倒れるのが見えた。やった。やったぞ。
次の日のニュースで奴が死んだことを知った。奴には妻と子供がいたが仕方ない。こうするより他なかったんだ。
小学生の頃、俺は酷いいじめを受けていた。今でもフラッシュバックするのは、裸で一晩体育倉庫に閉じ込められたことだ(次の日、教師に叱られたのはなぜか俺だった)。そのいじめの首謀者が奴だ。俺はあのヘラヘラした顔をどうしても記憶から消し去りたかったのだ。
…。
ブーン、ブーン!
耳をつんざく小刻みな振動音。かつてはこの音を不快に思い、恐怖さえしていた。だが今は良質なクラシック音楽よりも心地いい。あれっ、クラシックって何だっけ。今はそんなことより食事だ。
「スズメバチさん、お願いですからこの子たちを食べないでください。」
ミツバチの女王が涙目で訴えかけてきた。だが、俺はそんなことお構いなしに巣穴からサナギをほじくって食べた。ふぅ、美味しかった。
「あなたのこと許しませんから。」
あらかたサナギを食べ尽くしたところで、女王バチが突っかかってきた。目障りだったので、お腹の針で刺し殺してやった。ざまぁみろだ。
ところが巣に戻ろうと振り返ると、俺はミツバチたちに囲まれていた。女王バチがフェロモンで仲間を呼んだらしい。ミツバチたちは一斉に俺の身体に群がってきた。ザコどもが、蹴散らしてやる。
ところが密着したミツバチたちは予想以上にしつこかった。身体をよじって一匹ずつ刺し殺していくが、徐々に体力を奪われていく。俺の身体は大量のミツバチが群がり、歪な球のように膨らんでいた。
「あ、熱い…。」
摩擦熱に耐え切れなくなって俺は事切れた。
…。
小エビを口に咥えた俺は上機嫌だった。岩場の巣穴では、子供たちが餌を待っている。俺は尾ヒレを力強く振って軽やかに水を蹴った。
ところが巣穴には子供たちがいなくなっていた。おーい、と声を掛けると奥の方から末っ子だけが出てきた。聞けば、俺が餌を取りに行ってる間、子供たちは巣穴の外に出たらしい。その時サメが来て、まとめて一飲みされてしまったそうだ。怖くて奥に隠れていた末っ子だけが無事だった。俺は怒りに我を忘れ、衝動的に泳ぎだした。
サメは子供たちを食べて満腹になったのか昼寝していた。俺はその腹に思いっきり噛み付いた。しかし、硬い皮膚に阻まれ歯が立たない。
「イワシ、俺の昼寝を妨げるとは何の真似だ。」
「子供たちの仇…。」
俺は相打ち覚悟で突っ込んだ。しかし、サメは口を大きく開け、鋭い牙で俺の身体を真っ二つに噛みちぎった。
…。
目の前は真っ暗だった。宇宙の果てを漂う星くずのように、俺はただ所在なく闇の中に佇んでいた。
「カルマは命ある限り永遠に続くの。」
声の方を向くと綺麗な女性がいた。どこか見覚えのある顔だったが、誰かは思い出せない。
「カルマって何?」
「行為の結果よ。カルマは次の因となって新しい果を生む。因果は巡り、また繰り返すの。」
「よく分からないな。」
「いいことをすればいいことが、悪いことをすれば悪いことが返ってくるってことよ。」
「そんなの嘘だ。俺をいじめた奴には何の罰もなかった。」
「生を一度きりで見たら、バランスが取れないこともあるわ。でも、何度も輪廻を繰り返す中で必ず報いがあるの。」
俺はその女性の顔を思い出した。小学校の頃好きだった女の子だ。しかし、今は俺と同じくらいの歳で大人の姿をしている。
「じゃあ、奴を殺した俺は…。」
「誰かに復讐される。あのミツバチの女王はいじめっ子の妻。あのサメはいじめっ子の子供。みんなカルマに導かれて生まれ変わったの。」
「そんな…。」
「カルマはたくさんの命を巻き込んでずっと続いていくわ。誰かが止めないと永遠にね。」
「だったら、いじめを見逃せってことか!」
「違う。ただ、復讐は新たな苦しみを生むだけ…。」
「なら、俺の傷はどうやって癒せばいい?」
「それは手探りで探すしかないわ。」
…。
俺は住宅街の十字路に立っていた。なぜだろう。少し意識が飛んでいたようだ。長い長い夢を見ていた気がする。来た。奴はスマホをいじりながら歩いている。
俺は奴に駆け寄り、握り手に渾身の力を込め、頬をぶん殴った。奴はブサイクに顔を歪め、仰向けに倒れた。俺はすぐにその場から走り去った。ポケットに鋭いナイフを忍ばせたまま。
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