テーマ:内心

少年と男

 ガタンゴトン、ガタンゴトン、プシュー。男の背後で一台の電車が止まった。客はほとんど乗っておらず、この駅で乗り降りする人もまばらだった。男が乗る予定の急行電車が来るまであと二分ある。しかし男は向きを変え、背後の電車に飛び乗った。自分でもどうしてそんな行動を取ったか分からない。頭の中は真っ白だった。  ガラガラの座席に腰かけた男は弾んだ…
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夏の幻

  チリンチリーン。  気が付くと俺は、神社の入り口に立っていた。今は夏祭りの真っ最中で、本堂へ向かう一本道の脇には、所狭しと露店が並んでいた。 「ねぇ、このお店、いっぱい風鈴売ってるよ。あ、これかわいい!」  そう言って、隣で目を輝かせている浴衣姿の女の子は…、結衣ちゃん! 俺は心臓の鼓動が一気に高鳴るのを感じた。 …
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タカシの一生

「郵便でーす!」  俺は配達員から荷物を受け取った。荷物には、差出人の名前がなく、俺の住所だけが印字されていた。茶色の紙に包まれた薄くて平たいそれを開けると中には、梱包材に包まれたDVDが二枚入っていた。それは、何の変哲もない白ラベルのDVDだったが、表面に書かれたタイトルを見たとき、俺はドキッとした。 『タカシの一生 vol.…
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彼女の電話

 俺には、かわいい彼女がいる。付き合って一か月くらいになるだろうか。ドラックストアで働く彼女を見て一目惚れした。それから連絡先を渡したり、デートに誘ったり、色んな方法で猛アプローチした。そして、ラブレターを渡してから俺たちの交際が始まった。  付き合いだしてから分かったことだが、俺と彼女の家は近い。俺のアパートと彼女のマンションは国道…
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イデアの影

「自然界のすべての現象は永遠の型、つまりイデアのただの影だ。美しきイデア界から来た我々の魂は、望郷の念、すなわちエロスを忘れずにはいられない」  寝室のベッドに寝転びながら、哲学の入門書をパラパラめくっていた。今読んでいたのは、プラトンの項目だ。その本は、もうずいぶん前に一度読んでいたし、特に目新しい発見があるわけでもない。ただ、…
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新・奇怪な世界

 突然、それまでの狭い暗闇に亀裂が入り、光が差し込んだ。あまりのまぶしさに何も見ることができない。私は恐怖のあまり泣き叫んだが、周囲の人々は声を出して笑った。  口に柔らかな突起物を差し込まれ、粘性のある液体が注ぎ込まれる。不思議と嫌な感じはしない。それは誰かに強制された? いや、私が望んだことだ。  力ずくで下着をはぎ取られ、…
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セツさん

「在原先生、急患です!」  そう言って看護師が俺のデスクにやってきたのは、昼食を終えて午後の仕事を前に一服している時だった。 「患者の状況は?」 知らせに来たのは救急科に配属されて間もない看護師で、慣れない急患に戸惑っている様子だった。俺は、彼女と対照的に、朝食のメニューでも聞くかのように冷静な口調で尋ねた。 「あ、はい。患…
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頑固な二人

「お前の顔なんか二度と見たくない。出て行け!」  そう言って、家を追い出されたのはもう何年前のことだろう。人気お笑いコンビ『ペンケトー』のボケ担当 進藤イタル(本名:飯塚大志)は、父親の墓の前で遠い過去の記憶を浮かべていた。  大志が生まれたのは北海道東部の田舎町だ。山と森に囲まれた穏やかな町で彼は育った。小さな頃は引っ込み思案で、…
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ヤってやる

「どうせ出会い系の女どもは、金で身体を売るクソビッチばっかだよなぁ。」  小島康平は、スマホの画面を眺めながら、ため息混じりにそうつぶやいた。 「でもだからこそ繰り返してしまう…。」 〈出会い系サイトに勇気を出して初めて登録しました。今夜会ってくれる人、募集しています〉  適当に女たちの写真やプロフィールを物色しているうちに、一…
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コヒガシ 結

転からの続き    結  職を失った義徳の生活はすぐに困窮していった。経営者として大量の報酬を受け取っていた義徳は、収入が途絶えても、生活水準を下げることができなかった。そのため、大量にあった貯金はあっという間に底をつき、高級外車やタワーマンションも手放した。同時に奥さんにも愛想を尽かされ、出て行かれた。金もなく、独りに…
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コヒガシ 転

承からの続き    転  こうした中、義徳は更なる利益追求のために新しい業務形態「ワンオペ居酒屋『コヒガシ』」を展開することを株主総会で発表した。『コヒガシ』は、メニューをすべて二百円で提供し、『ヒガシ』より割安感を強調する。駅前のビルの中でもスペースが狭く、借り手の付きにくい物件を利用することで家賃負担を軽減するととも…
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コヒガシ 承

起からの続き    承  『ヒガシ』の早急の課題は、新しい経営者だった。候補は、創業当時から潤三の元で働いていた『ヒガシ』二号店店主、岡島清と、潤三の息子で都内の有名大学で経営を学んだ東義徳の二人であった。「潤三のやり方を続けるべき」と主張する岡島に対し、「新しい時代に合った経営手法を取り入れよう」と呼びかける義徳は、生…
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コヒガシ 起

   起  平成××年、大手居酒屋チェーン『ヒガシ』は、過去最高の売り上げを達成した。株主総会の席上で自身が行った経営上の努力や、今年度の利益目標について熱弁を振るう『ヒガシ』最高責任者 東義徳(あずま よしのり)の表情は自信と恍惚に満ちていた。  『ヒガシ』は、今から約三十年前に、創業者の東潤三(あずま じゅんぞう)が都内で始…
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恋するペン子

 私は古いボールペン。頭を押すと、カチッと音がしてペン先が出てくるただのボールペン。私が作られたのはもう十年以上も前のことだ。私が生まれたのは北関東のある工場。それから問屋に卸されて、小さな文房具屋で売られていたの。おんなじ姿をした友達たちと並んで、どんな人が私を買ってくれるのか、ワクワクしてたわ。できればカッコいい人がいいなぁ、なんて…
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作務衣の男

 あれは、俺のじいちゃんの十三回忌でのことだった。いつもお経をあげてもらう近所の坊主が、今回は見慣れない男を連れてきた。年齢は五十代半ばだろうか。作務衣というのか、着崩しのできる和服を着ていた。男は、眉間にしわの刻まれた険しい表情で家の中をあちこち眺めまわしていた。 「こちらの方はどなたですか?」 俺と同じくその男を訝しく思ったのだ…
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人食いマンション

 その夜、首都高を走る車には四人の男が乗っていた。彼らは大学の同級生で、夏休みを利用し、箱根で温泉旅行をした帰りだった。神奈川を抜け、都内に入ろうかという頃、適当な話題も尽き、退屈になった車内の空気を盛り上げようと助手席の吉川が話し始めた。 「なぁ、知ってるか? 首都高を走る幽霊の話…。」  吉川によれば、かつて首都高にスピード自慢…
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ダイブ71(完)

七十からの続き    七十一  午後八時。ギターケースを背負った高野は駅前の広場にいた。辺りは仕事帰りのサラリーマンや飲みに行く学生たちで賑わっていた。先ほどから高野は、所在なさげにキョロキョロしながら、広場の周辺を歩き回っていた。  (やっぱりここしかないな。) 二十分ほど迷った末、高野は植え込みの前に腰を下ろした…
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ダイブ70

六十九からの続き    七十 二月十七日  父さんと母さんにちゃんと謝ることができてよかった。もっと怒られたりすると思ったけど、意外に二人ともやさしかった。孝ちゃんのときもだけど、心を開いて話しすれば、みんな案外ちゃんと聞いてくれるんだな。逆にこっちが相手と接するのを「恐い」と思ってたら、相手の態度も固まってしまう。「…
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ダイブ69

六十八からの続き    六十九  「解雇」。父親の口から意外な言葉が出てきて高野は驚いた。真一が解雇されたのは一月初めのことだ。正確には退職勧奨を受けて真一が会社を辞めた。昨年の秋ごろ、真一の勤める電機メーカーでは三千人規模の希望退職を募集した。そのとき真一にも声が掛けられたが、真一はそれを拒否した。すると会社は真一を営…
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ダイブ68

六十七からの続き    六十八  「類、話って何だ?」 高野がリビングの長テーブルに腰かけるなり、挨拶もそこそこに、真一が高野に切り出した。高野は、高圧的な真一の口調にムッとしたが、飲み込んで頭を下げた。  「父さん、前に酷いことを言ってしまってごめんなさい。」 真一は、表情一つ変えず高野の方を見ている。  「そ…
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ダイブ67

六十六からの続き    六十七 二月三日  孝ちゃんと久しぶりに話せてよかった。孝ちゃんもずっと苦しんでたんだな。学生時代は良くも悪くも敏感なお年頃だから、その頃できたトラウマって長いこと引きずっちゃうよな。世の中には「引きこもりは甘えだ」なんてことを平気で言う人がいるけど、彼らに家から出られない人たちの辛さがほんの少…
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ダイブ66

六十五からの続き    六十六  中央線沿いの住宅地にある三島孝太郎の家は半年前と変わらぬ姿でたたずんでいた。今日は洋子がパートに出ているそうで、家には孝太郎一人しかいなかった。高野は玄関で迎えてくれた孝太郎とともに二階へ上がった。リビングのコタツを囲んだ二人は早速話し始めた。  「孝ちゃん、久しぶりだね。最近どうして…
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ダイブ65

六十四からの続き    六十五 一月二十四日  久しぶりにギターを触ってみた。部屋が寒かったので、指がかじかんで上手に弾けなかった。いつだったか千佳子の前で弾いたら、「イマイチだね」って言われて、それ以来すっかりやる気をなくしていた。でも触ってるうちに、だんだん楽しくなってきた。やっぱり音楽はいいものだ。 一月二…
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ダイブ64

六十三からの続き    六十四 一月十七日  手紙を読んで、あんなに前向きな翔さんにも辛い過去があったのかと驚いた。それを乗り越えたから、翔さんは強くなれたのだろう。大切なのは想像力だというが、オレはどうだろう。自分は無力で、地べたをはいつくばって死んでいくうじ虫のイメージが浮かんでいるが、このままでいるのはよくないっ…
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ダイブ63

六十二からの続き    六十三  高野が目を覚ますと、翔さんはすでに部屋にいなかった。代わりにテーブルの上に紙が乗っていたので拾い上げた。それは翔さんからの手紙だった。  ここ数日、高野くんの迷惑も考えず押しかけてすまなかった。それには複雑な事情があったんだけど、それを一つずつ説明してみようと思う。  覚えてるか…
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ダイブ62

六十一からの続き    六十二 一月七日  昼間、翔さんは突然やってきた。入ってきて部屋を見るなり、「ひでーな!」と言って笑った。確かにオレはしばらく部屋の掃除をしていない。ゴミだってその辺に放りっぱなしだ。適当にスペースを確保して座ると、翔さんはお土産を出した。なんでもしばらく秋田にいたそうで、そこの有名なお菓子だそ…
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ダイブ61

六十からの続き    六十一 一月二日  どうやらオレは死に損ねたようだ。昼過ぎに目を覚ます。一日半くらいずっと眠っていたようだが、少し頭が痛いくらいで体の具合は別に悪くない。  寝ている間に不思議な夢?を見た。真っ黒な海の底に沈んでいく夢。これが臨死体験というやつだろうか。あのままどこまでも沈んでいたら、オレはちゃ…
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ダイブ60

五十九からの続き    六十 十二月三十一日  淡々と作業を進めて行こう。苦しいのは嫌だから、薬を飲んで眠るように死にたい。ネット通販で自殺に使える抗不安薬を十二箱購入しておいた。一箱二十五錠入りだから、全部で三百錠。テーブルの上に出してみると山のようになっていて圧倒される。カプセルから粉末を出して皿に移す。一時間くら…
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ダイブ59

五十八からの続き    五十九 十二月二十四日  今日はクリスマスイブだ。恋人たちは街に出て、幸せオーラを振りまきながら、まるで世界は自分たちのモノだとでも言うような顔して練り歩く。駅前は美しいクリスマスイルミネーションに彩られていた。赤青黄色の電ショクがあちこちでチカチカと主張し合い、チープなファンタジー世界を作り上…
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ダイブ58

五十七からの続き    五十八 十二月十四日  今日は布団の中で一日を過ごした。頭は重く気分は最低。部屋は冷え切っていて、吐く息が白い。本格的な冬の訪れを感じる。冬はあらゆる生命の営みが停滞する死の季節。僕の魂も深い淀みの中へ引きずりこまれていきそうだ。昼に食べたラーメンが温かかった。食べることは生きること。僕は生きて…
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